【c-lesアーカイブス】【第3回】Balearic beat 前編
このArfredのオープンマインドかつ開放的な雰囲気をacid house movementでacid house一色になり、シーン全体がナローマインドになっていたUKに持ち帰ったのが4人の精鋭達だ。彼らの功績なくして現在のUKクラブ・シーンは成り立たないと言っても大袈裟ではないであろう。
Paul Oakenfold
まぁ、言わずと知れたゴル先生(失礼)!最近は20代の頃のロン毛に逆戻りし、筆者もようやく違和感に慣れました。因みのこの人、まだ42歳だったんですね。84年~Champion recordsのA&R、Profile recordsの契約・プロモーションの仕事に従事しながら88年にspectrum@heavenのプロモーターを務める。このpartyは後に「狂気の劇場」と謳われ、ダンスミュージックとEの結びつきを強めたとも噂される。その後はプロダクション・ワークをしながら自身のレーベルperfectを設立、現在に至る。
Danny Rampling
Balearic BeatをUKに持ち帰った頃は当時の奥さんであるJenni Rampringと仲良くthe shoom clubを立ち上げ、当初月イチだったPartyがたった2ヶ月で週イチに変更(笑)あまりの人気にメンバー制を導入する事態に。その後は93年にThe Millionaire Hippies名義でDeconstructionからシングルをリリース。翌94年に離婚してから彼のDJはよりGarage色を強めて、Ibizaでの相方David Molaresと共に頑張っていたんですが、突然の引退宣言。
ニュースを見たときは筆者は相当ショックでした。今後このようなDJは先ず出てこないだろうと思うし、彼の残した功績は永遠に語り継がれるでしょう・・・。
Nicky Holloway
Balearic beatを同じくUKに持ち帰り、何故かDanny Ramplingと喧嘩別れをし、犬猿の仲に(笑)その後、彼のパーティー「The Trip@Special Branch Club」が88年当時、一番ハードコア・クラバーを集客してまして・・・何とクラブをオープンして1時間で入場不可になるという有り得ない事態になり、当時店に入る事が出来なかったハードコア・クラバー連中が収まりがつかないので、近くの駐車場で自分達のカーステレオから流れる音楽でパーティーし始め、社会問題に(笑)
未だ生きてたんですね・・・(失礼!)UK海賊ラジオの経験を経てBBC Radio1のDJに。この人の存在無くして現在のPete TongやJudge Jules等のスーパースターは生まれなかっただろうし、UKのクラブ・シーンがココまで大きくなっていないと断言しても良いでしょう。意外と彼の存在自体を知っている人は日本では数少ないでしょうが、1999年にコカイン所持で逮捕、その後£2000で保釈され、BBCをクビになるも裁判が終了直後にBBCは彼を復職。現在はBBC radio2でDJを担当。イギリス国営放送は寛大ですwww
そしてこの4人達はBalearic BeatをUKに持ち込み大成功したものの、後に様々な問題に直面し、イギリスのクラブ・シーンは暗転するという悲劇が待っていました・・・。
続きは【第4回】Balearic beat 後編で♪
カテゴリ
音トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 【c-lesアーカイブス】【第3回】Balearic beat 前編
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.c-les.com/mt/mt-tb.cgi/18
コメントする