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【c-lesアーカイブス】【第1回】House music 生みの親

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唐突ですがハウスミュージック生みの親は一体誰なのか?
皆様、ご存知ですか?


cover_music_2.jpgこの質問、意外と皆様の中で混同しているかと思います。間違えやすいのはLarry Levanだと思いますが正確にはFrankie Knuckles。Larryのスタイルは所謂フリースタイル・ディスコで80年代初期~中期に「Garage sound」と呼ばれていました。このGarage Soundを日本では「Garage house」と一部メディアが報じ、あたかもLarryがハウス生みの親と混同するような記事が氾濫していたので、無理もありません

因みにLarryはインディ・ロックからフィリーサウンド、サルソウルサウンドが軸の言わばブラック・テイストを前面に押し出したソウルフルなビート、一方FrankieはLarryのブラック・テイストを踏襲しながらもヨーロッパのエレクトロ・ダンスとニューウエーブ、さらに自分で持ち込んだリズムマシンを使ってクラブでプレイし、当時のゲイ・クラウドで埋め尽くされたフロアを熱狂させておりました。

80年代中期~ FrankieはNYのParadise GarageからChicagoのクラブ「Warehouse」に拠点を移し、シカゴNo.1の人気クラブへ押し上げ、彼の人気は不動のものへとなりました。因みに「ハウス」という語源もこの「Warehouse」から拝借してマスメディアはHouse musicと報じたのがルーツとされております。

その後はNY、Chicagoのクラブシーンは最盛期を迎えたものの、様々な問題(70年代から活躍していたオーガナイザー、DJ、アーティストのドラッグによるオーバードーズ、ゲイ同士のオーラルセックスによるエイズ死者の続出)に発展し、決定的な打撃でもあった87年のブラックマンデーによる景気後退をきっかけにアメリカのアンダーグラウンド・シーンは一旦衰退する事となりますが、一方その頃NY、Chicagoから海を渡りイギリスでは新たなムーヴメントが起きていました・・・。

続きはまた次回に♪

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このページは、Dee-Sが2007年10月 3日 00:00に書いたブログ記事です。

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