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【c-lesアーカイブス】【第4回】Balearic beat 後編

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IbizaからBalearic beatを持ち帰った4人の精鋭達(前編参照)はUKでacid houseフリーク絶好の受け皿となり、87年のイビザ・シーズン後には各地で非合法パーティーが頻繁に行われ、徐々にBalearic beatは浸透。遂にはi-dやFACEといったストリート・カルチャー誌で報道するほどの規模となり大衆レベルにまで発展した。

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そして同時に警察は非合法パーティーとドラッグの取り締まりを強化させ、何と大きなパーティー会場周辺には200人規模の警察がバリケードを設置したり、プロモーターの電話回線を切断したり、休日のpartyは一切禁止、合法化されたクラブで雇われているDJをpartyで雇わないと営業許可書を没収とか・・・もうメチャクチャ。更にメディアの過激な報道でクラブ経営者とドラッグを結びつけて個人攻撃をしたり、クラバー=ドラッグ常習者というようなレッテルを張り、社会的弾圧をされる等・・・今考えるとトンデモナイ事が起きていました。しかもこの社会現象、たった1年間での出来事!日本では全く考えられないスピードでこのムーヴメントと社会的弾圧が行われていたのです。(この弾圧を後にタブロイド・ヒステリーと呼ばれる事となり、何と新聞の社説にまでクラブ・シーンへのネガティブ・キャンペーンをしていました。日本ではまず考えられません!!)


後にPaul Oakenfoldは雑誌で「クラブシーンは衰退したのではなく、メディアが抹殺したんだ」と当時、怒りをぶちまけながら語り、シーンから一度姿を消す事になる。とは言っても単純に「現場」から離れて本業のプロダクション・ワークに専念していただけなのだが、このヒステリックとも言える社会的弾圧の影響を受けて一旦UKのクラブ・シーンは失速という結末を一旦(笑)迎える。


しかし、ココまで急速的に人口を増やしたクラバーがこんな事で腐るわけが無いのが当時のUK。想定外とも言えるクラバー人口の肥大化、鬱憤が蓄積した彼らのハンドリングなんて当然出来る訳は無く、アンダーグラウンドに潜ったシーンは後にrave cultureとして、その産声をあげ一気に爆発する事となる・・・。


続きは次回に♪

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このページは、Dee-Sが2007年11月 4日 00:00に書いたブログ記事です。

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