c-les TOP  > Blog TOP  >   > 【c-lesアーカイブス】【第5回】Rave culture

【c-lesアーカイブス】【第5回】Rave culture

| | コメント(0) | トラックバック(0) | 【c-lesアーカイブス】【第5回】Rave culture
失速したクラブ・シーンを救ったのは紛れも無くRave cultureだった。80年代初頭からClub cultureとRave cultureは実は犬猿の仲。日本でもこの2つの文化は分けて考えるのが一般的だが、ココで2つの文化の違いについて比較してみよう。


■Club Culture■

・服装 → ドレスアップ
・パーティー → Night club party(合法)


■Rave Culture■

・服装 → ドレスダウン
・パーティー → Warehouse party(非合法)


分かりやすい比較だとこんな感じである。蛇足だが「Rave」という言葉はJamaican idiomであり「Raver」はBlack/Soul musicを支持するクラバーを指して使われていたのが始まり。現在は広幅な解釈がされており、ココ日本ではRaveは野外パーティー、Raverと言えばTrance/Psychedelic/Goa trance musicを支持するクラバーを連想させますよね?


まぁ、大体Warehouse partyを当時プロモートしていた連中は口を揃えて「俺たちを入れてくれるClubがどこにも無かったからWarehouse partyをやっていたんだ」と雑誌・メディアでコメントしていました。そのDIY精神、筆者も恥ずかしながら実践履歴が有るので何となく分かるんですがwww


sunrise_mysterytrip_22oct88.jpg


このRave CultureはClub Cultureがファッションで排除し、更に社会的弾圧を受けアンダーグラウンドに潜っていたのだが、同様にClub Cultureも後追いで同じ土壌に足を踏み入れて犬猿の仲とされていたクラバーが結局一つになり、彼がプロモートするパーティーで新たなRave Cultureが誕生したのだ。

Tony-Colston-Hayter.jpgタブロイド誌から、あまり嬉しくない称号「アシッドのMr Big」を授かったTony Colston-Hayterが主宰する「Sunrise」だ。「Sunrise」は郊外の飛行機格納庫で行われていたwarehouse partyで、料金は£15(安っ!)。88年当時で1万人~1万2000人を動員する巨大パーティーになり、Rave Cultureは更なる道を切り開いたのであった・・・。


続きは次回に♪

カテゴリ

コメントする

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 【c-lesアーカイブス】【第5回】Rave culture

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.c-les.com/mt/mt-tb.cgi/24

このブログ記事について

このページは、Dee-Sが2007年11月16日 00:00に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「【いにしえの名作】balearic classics vol.3」です。

次のブログ記事は「【Party info】ELEPHANT presents Maetrik Japan Tour」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。