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【c-lesアーカイブス】【第7回】The Second Summer Of Love 後編

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このThe Second Summer Of Loveと言われた時期(最初にこの言葉を書いたのはi-d magazine)、我こそが次のTony Colston-Hayterと言わんばかりに数々のプロモーターが各地でrave(warehouse party)を行うようになり、クラバー人口は右肩上がりで増加、殆どのプロモーターは成功を収めるが相変わらずのタブロイド誌、メディア、警察の総攻撃は激しさを増した。下記の映像はタブロイド・ヒステリーとも呼べる当時のrave cultureを攻撃する貴重な記録である。(一説によるとpropagandaではないか?とホントかウソか分からない噂が飛び交っていましたが・・・)




その後rave(warehouse party)は合法化を余儀なくされ90年後半~91年には、プロモーターの世代交代が始まり、rave cultureに新たな動きが出始めた。それまでacid house / Balearic beatがrave cultureを制圧していたが、Belgium、Germany、Netherlandから流れてきたHardcore Technoの登場によりダンス・ミュージックシーンは一変、popチャートを賑わす事もしばし起こる様になり、rave(warehouse party)はサウンド・ライティングシステムがどんどん強化されアミューズメントパーク化の方向へ、そしてクラバーの大衆化、低年齢化が加速し一昔前のロック・フェスティバルの様な「商業空間」へと変貌していったのだ。非商業主義という名目で始まったrave cultureは時代を追うごとに単なる「金儲け」となってその存在意義の本質を失ってしまい、クラバーはrave cultureにソッポを向き始めてしまったのだ。その後92年以降rave cultureはUKで壊滅状態となりundergroundに逆戻り。さらに追い討ちをかけるように94年にはCriminal Justice Bill ((所謂rave(warehouse party)禁止法))がUKの国会で可決されてrave cultureは完全に崩壊したのであった・・・。


続きは次回に♪

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このページは、Dee-Sが2007年12月 4日 12:00に書いたブログ記事です。

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