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【c-lesアーカイブス】【第9回】Detrit techno 前編

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さて、【c-lesアーカイブス】で第8回まではChicagoから派生したhouse musicがどのように進化し、世界中に浸透していったのかをざっと紹介致しましたが、house musicのみでココまでworldwideに浸透したわけでは御座いません。今回取り上げるDetroit technoの存在があったからこそシナジー効果を生み出したと言っても過言ではないでしょう。

 

Detroit technoは日本でもフリークが多いのでココで改めて紹介するのは如何なものかと思いますが、全くDetroit Technoについてご存知無い方もおられるかと思いますので、サラッとご紹介。West DetroitのBelleville High School 1985年卒業生のこの3人によってDetroit technoは誕生した。因みにUnderground Resistance(Jeff Mills、Mad Mike、Robert Hood)、Carl Craig、Octave Oneは第2世代になります。

 

derrick may.jpgDerrick May

1986年にTransmatレーベルを設立。Rhythm Is Rhythm、Mayday名義のプロジェクトで活動を開始し、20年以上経っても未だカバーされ続ける不朽の名作、87年発表の「Strings Of Life」を大ヒットさせ、現在のヨーロッパ・ダンスミュージックシーンに多大な影響をもたらす。

その後、Transmatの運営をしながら楽曲製作をするも本人のアーティスト活動は90年にリリースした「The Beginning」を最後に、Transmatレーベルの方はJoey Beltramが発表した「Energy Flash」を最後に彼は一時期行方不明になってしまう。この時、彼はスタジオに篭ったまま出れなくなっていたらしく、どうしても新曲を作れなかったと後に語っている。

92年にTransmatレーベルを再開しremix workではClassic入りを果たしている「Sueno Latino / Sueno Latino」や00年「DJ Rolando / Jaguar」でその存在感をリスナーにアピールした。

 

juan atkins.jpg

Juan Atkins

1985年にMetroplexレーベルを設立。Model 500名義「No UFO's」はDetroit Techno初の作品として、その後のシーンに多大な影響を与える。その後86年には学友Derrick Mayとのコラボレート、X-RAY名義で「Let's Go」をTransmatからリリース。04年の「Model 500 / Outer Space」から久しくMetroplexでの作品を見ていないが、他のレーベルからもキチンと作品を出しており、直近でのリリースは独Tresorから05年にalbum「The Belrin Session」を発表。

そしてDetroit Technoと呼ばれる前に彼はCybotron名義で82年から楽曲製作をしている(当時中学生~高校生?)。OldSchool Hip Hopフリークには馴染みの深い「Clear」、「Cosmic Cars」、「The Line」、「Techno City」と言えばピンと来るかな?

特に「Clear」はJuno.co.ukの企画で2007年に再発されているので是非ともチェックして頂きたい。

 

 

 

kevin saunderson.jpg

Kevin Saunderson

実は彼だけがNY生まれ。Detroit Techno第1世代では最も商業的に成功し続けたのではないでしょうか?1987年にKMSレーベルを設立、Reese、Inner City名義で活動。特にInner Cityは「Big Fun」は世界的大ヒットを記録、その後も「Good Life」、「Ain't Nobody Better」、「Do You Love What You Feel」、「Hallelujah」、「Pennies From Heaven」等、中年クラバー(失礼!!)には馴染みの深いナンバーばかりですよね?

実は私、Inner Cityの初来日の際に彼らのライブをお手伝いをしており(外タレのお手伝い初仕事でした)、今でも非常に印象深い思い出となっております。

そういえば最近、久しぶりに本人名義でリリースしてましたね。中年オヤジの筆者もちょっと嬉しくなりました。remixでもSimian Mobile Disco「Hustler」が激シブな感じで現在クラブヒット中!オヤジパワー健在。

 

 

そもそも、Detroit technoは本国アメリカでは当時全くと言って良いほど注目されませんでした。と言うよりダンスミュージックというカテゴリにも入らなかったというのだから本当に「アングラ」音楽だったのですね。ま、このDetroit Technoはヨーロッパの超マニアによって発掘され日の目を見る事になったのだが、このDetroit technoの仕掛け人はUKのレーベルKool KatオーナーのNeil Rushtonと言われている。笑える事に当のNeil Rushtonは元々Northan SoulのDJ(笑)でTechnoとは全く関わりが無い、単なる超マニアでビジネスチャンスだと踏んだのでしょう。その思惑は見事に当たり、87年のAcid House MovementからSecond Summer Of Loveの時期にピッタリ嵌りDetroit TechnoはUKで大絶賛。その後はヨーロッパ各地に飛び火し現在に至るという訳だ。

 

このDetroit technoはDerrick May曰く、「P-Funkをルーツに持ち、KraftworkやGeorge Clintonに触発された音楽だ」と語っている。所謂Chicagoから派生したHouseはディスコをルーツとしており、一緒にしてもらいたくないとも言っている。確かにDetroit第1世代の3人は自らを「Obsessive fun of kraftwerk」と学生時代に名乗っていたらしい。この発言からかChicago出身のアーティストとDetroit出身のアーティストは当時あまり仲がよろしくなかったかも知れませんね。

 

また、Detroit technoを記事として書こうとして資料を集めようとすると何故か哲学めいた記述や啓蒙が多い。その理由にこの3人が影響を受けた一冊の本が有るのでココで紹介しよう。

アルビン・トフラー(著)・徳岡孝夫(翻訳)「第3の波」

Juan Atkinsが大学でRichard Davisと名乗るベトナム人に「テクノの哲学書」として受け取った本が上記の「第3の波」である。この本を後にDerrick MayとKevin Saundersonにも紹介したという。この「第3の波」の内容は是非、入手して一読して貰いたいのだが、少しこの場で掻い摘む程度に紹介すると下記のような感じ。

 

第1の波→農業革命期

第2の波→産業革命期

第3の波→コンピュータ登場後の産業革命期(脱産業社会)

 

当時彼らは第3の波を自分達が創造する音楽、つまりはDetroit technoをシンクロさせて考えていたのだと。第3の波は脱産業社会という着眼点も80年代初期には有ったから驚きだ。

 

今回はDetroit第1世代を中心にご紹介致しましたが、その後のDetroitは少し先に紹介する事とし、次回は忘れてはならないNYでのHouse musicに焦点を当ててみましょう。

 

それでは♪

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このページは、Dee-Sが2008年1月12日 20:00に書いたブログ記事です。

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