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【c-lesアーカイブス】【第11回】NY Club黎明期 後編 Paradise Garage

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前回お話したDavid Mancusoの「The Loft」が商業的に成功し、NYアンダーグラウンド・クラブシーンは一気にその勢いを強めた。「Better Days」「Reade Street」「Gallery」といったクラブが次々とオープン、さらに70年代半ばにはジョン・トラボルタ主演の「Saturdaynight Fever」空前の大ヒットでNYのクラブシーンは活性化、そして77年には日本の皆様にもお馴染み、Michael Brodyがオーナーを務めサウンドシステムの設計はRichard Longが担当、3000人収容可能なビッグ・クラブ「Paradise Garage」がオープンした。このParadise GarageのResidentを務め、更にサウンドシステムの設計にも関わったのがLarry Levanなのである。

 

larry levan.jpegのサムネール画像

・Larry Levan

本名Lawrence Philpot、1954年7月20日生まれ。日本でもその名はHouse好きなら一度は聞いた事が有るだろう。77年にオープンしたParadise Garageの音響設計にも関わり、10年もの間Residentを務めた伝説のDJ。彼のリミックス・ワークも多数有りGwen Guthrie、Taana GardnerをはじめNYC Peech Boys、Man Friday等でもお馴染み、独特のダブ、エフェクト処理が彼の持ち味でもありますね。日本でも3度の来日を果たし、そのプレイを耳にしたファンも多いだろう。彼が最後にDJとしてPlayしたのは札幌Precious Hallなのはあまりにも有名なお話。また、彼が帰国した4日後の92年11月8日、心内膜炎による心不全でこの世を去る。享年38歳。

 

このParadise Garageはフリースタイル・ディスコ(Salsoul、Philly Soul、Rock、Electro等ジャンルに拘らない自由な選曲)が後にGarage Soundと呼ばれ熱狂的なファン層を獲得、Larryの魔法の如きMixで当時のゲイ・クラウド達を虜にした。しかし、87年のブラック・マンデーを皮切りに次々とクラブが閉店。そして87年9月には店舗のリース期限切れとオーナーであるMichael Brodyがエイズによる死を理由にParadise Garageはその歴史に幕を閉じた。

 

残念な事に日本のwikipediaはParadise GarageやLarry Levanに関する記述の殆どがカットされておりますし、日本で出版されている本では彼Larry Levanの真実にあまり触れようとしません。まぁ、真実を書きすぎると支障が出るんでしょうね。Paradise Garageはゲイ同士のオーラルセックスによるAIDS患者の蔓延(画家Keith HaringもParadise Garageの常連)やドラッグ汚染が最盛期に深刻な問題となっていたのも事実、またLarry自身もParadise Garageを閉店した後は重度のPCPとヘロイン中毒となり、LarryはNYでも87年以降は全く相手にされないDJとなっていたのだ。最悪な事にLarryは自身の貴重なレコードを売りに出してまでヘロインを買うまでに堕落し、その姿を見てDanny Tenagriaは非常にショックであったと後に語っている。皮肉にも彼が日本やUKで人気が出たのはParadise Garageが閉店後の事であり、90年初頭に彼は復活したかに見えたが札幌Precious Hallのgigを終えて直ぐに自身の決断でリハビリの為病院へ入院。4日後に彼は心内膜炎による心不全でこの世を去った。心内膜炎は主にヘロイン中毒患者が患う病気なので筆者の私は当時彼の死をニュースで知り、相当のショックだったのだが不思議な事に同情は出来なかった。

 

彼の残した楽曲は素晴らしい作品ばかりであるし、Paradise Garage、Larry Levanが残した伝説の夜は紛れも無く「伝説」だ。しかしながら晩年の彼の行動は残念ながらアーティストとしてリスペクトに値するのだろうか?天才とナントカは紙一重と良く言うが、そこまで自分を追い詰めなければならなかった理由は何だったのだろうか。やはりParadise Garageの存在こそが彼が生きる為の「理由」であったのだろうか・・・。そう考えると何だかアーティストの心境とはとても常人には理解出来ない繊細な感覚が潜んでいるのだと改めて筆者の私はこの記事を書きながら感じてしまった。

 

次回はNY Club 再生期をご紹介致します、それでは♪

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このページは、Dee-Sが2008年3月11日 22:00に書いたブログ記事です。

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